大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)828号 判決 1981年4月09日

上告人

須藤さえ

外九九名

右一〇〇名訴訟代理人

佐伯静治

大野正男

外八名

被上告人

日本専売公社

右代表者総裁

泉美之松

右指定代理人

大原哲三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐伯静治、同大野正男、同山本博、同渡辺正雄、同藤本正、同山川豊、同山花貞夫、同宮里邦雄、同脇山弘、同青木正芳の上告理由について

公共企業体等労働関係法一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは当裁判所の判例であり(当裁判所昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁)、また、右規定を日本専売公社職員に適用する場合に限つてこれを異別に解すべき理由がないことも、右の判例に照らして明らかである。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官団藤重光、同中村治朗、同谷口正孝の各補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

多数意見は名古屋中郵事件についての大法廷判決の趣旨を援用するものであるところ、わたくしは、右判決について反対意見を書いた関係上、ここでも意見を示しておく必要を感じる。

右大法廷判決におけるわたくしの反対意見の主眼は刑事の関係にあつたのであるが、公共企業体等労働関係法(以下、公労法という。)一八条にも言及して、同条による「解雇は、違法行為を理由とする懲戒解雇とは異なり、争議行為の禁止に実効をもたせるための制度とみるのが相当であろう」としたのであつた(刑集三一巻三号二三〇―二三一頁)。わたくしは、いまもこの見解を維持する者である。同条の趣旨をこのように解することは、懲戒の関係において、争議行為を当然に違法とみてこれを懲戒の理由とすることは許されないことを意味するにとどまり、職員の当該行為が争議行為にあたるかどうかを問わず、それが本来、懲戒法の見地からみて懲戒の理由にあたるかどうかを判断することを妨げるものではない。しかし、当該行為が争議行為にあたるものであるときは、懲戒権者は、懲戒処分をするにあたつて、とくに慎重であることを要し、争議行為を当然に違法視することが許されないものであることを充分に考慮に入れなければならないと考える。ことに、日本専売公社は他の二公社に比較して事業の公共的性格が弱く、その職員の争議行為を制限する理由もそれだけ弱いものというべきであるから、右のことは、いつそう強調されなければならない。本件においては、被上告人は、組合に対し公労法一七条に違反する争議行為をしないように警告するとともに、上告人ら組合員個人あてにも業務の正常な運営を阻害する行為に参加することを禁止し、参加者は就業規則等にもとづき厳重に処分する旨の業務命令を発していたのにもかかわらず、上告人らは右警告等に従わず本件争議行為がスト指令どおり行われたというのである。したがつて、形の上では、上告人らが争議行為に際してした警告違反の個々の行為は、日本専売公社職員就業規則六八条一号に定める秩序をみだしたことに該当するものとして、日本専売公社法二四条一項の懲戒事由にあたるものといえるが、その実質においては、争議行為にあたる行為そのものを懲戒事由と認めるのと異なるところはほとんどないともいえよう。このような見地からすれば、本件懲戒処分をただちに正当と認めてよいかどうかについては、疑問の余地がないではないとおもう。しかし、第一に、私見おいても、公社職員の争議行為について――一方において刑事上の免責が原則的に肯定され他方において民事上の免責が否定されるあいだにあつて――その懲戒法上の違法性をどのように解するべきかは、きわめて困難な問題であり、この点について単純に否定的な解答を出すことはできないのである。しかも、第二に、懲戒処分はもともと懲戒権者の裁量にゆだねられているのであつて、とくに裁量範囲からのいちじるしい逸脱が明白にみとめられないかぎり、違法ないし無効とすることはできない。そうすると、懲戒処分としてもつとも軽い本件戒告処分をもつて違法ないし無効とするだけの理由は、本件においてはみとめられないというべきである(ちなみに、懲戒免職の事案につき昭和五三年(オ)第四一四号同五六年四月九日当小法廷判決において補足意見として述べたところをも、あわせて参照されたい。)。論旨は、結局において理由がない。

裁判官中村治朗の補足意見は、次のとおりである。

本件で問題とされている公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の合憲性については、多数意見の引用する当裁判所大法廷判決において詳細な論議が展開されており、本件で改めてこの問題に対する私見を詳述することは必ずしも適当ではないと思うので、ここでは私の立場を結論的な形で明らかにするにとどめておきたい。

前記大法廷判決の多数意見には、いわゆる三公社の職員の勤務条件は国の資産の処分、運用と密接な関連をもつものであるから、財政民主主義の建前上、憲法二八条に定める労使間の協議による勤労条件の共同決定を目的とする団体交渉権等はこの場合に妥当する余地がなく、公労法の定める団体交渉権、労働協約締結権は、単に憲法二八条の趣旨に沿おうとする立法政策上の見地から公社職員等に対して認めた法律上の権利にすぎないと解するかのようにみえる部分が存するが、もし右多数意見のとる見解がこのような趣旨のものであるとすれば、私は、憲法二八条の団体交渉権等はもつと広い弾力的な内容をもつものであり、また、いわゆる財政民主主義の原理もしかく硬直的なものではないと考えるので、この見解には直ちに賛同することができない。しかし、公労法一七条一項が公社職員の争議行為を一律全面的に禁止したことをもつて憲法二八条に違反するものとすることができないとする結論そのものについては、理由の詳述は避けるが、私もこれを支持することができると考える。すなわち、公労法は、右の禁止に違反する争議行為については、一般に正当な争議権の行使に対して認められている民事上の免責効果を否定し、したがつて、違反行為をした職員は、同法一八条の規定による免職処分を甘受しなければならないのみならず、その行為が勤務関係上の規律違反に該当する場合には、所定の制裁を課せられることを免れないとしているものと解されるが、公労法がこのような形で争議権を制限しても、憲法二八条の違反とはならないと思うのである。なお、専売公社の場合には、職員の争議行為による業務の一時的停滞が国民生活に及ぼす影響は他の二公社の場合ほど直接的ではなく、また、その程度もそれほど大きいとはいえない点においてこれと異なるところがあるとしても、このことは、専売公社のみを右の二公社と区別してその職員の争議行為の一律全面禁止を違憲ならしめる決定的理由となるものではなく、単に政策上の当否の問題に帰するものと考える。

裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。

私も、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用をうける三公社、五現業の職員の労働基本権とその制約については、多数意見の引用する当裁判所大法廷判決の判示する基本的見解に従うべきものであり、公労法一七条一項が右職員及び組合の争議行為を禁止したことをもつて憲法二八条に違反するものではないとした結論については賛成する。

なお、専売公社の職員及び組合については、専売事業の公共性の特質にかんがみ、その正常な運営の確保と専売職員の労働基本権の保障とを調和させた立法政策が望まれることは理解できないわけではないが、そのことは立法政策の問題であつて、特に、専売公社のみを他の公社等と区別して同公社職員及び組合について公労法一七条を適用することが憲法二八条に違反するとまで断ずることはできない。

次に、公労法は、同法一七条一項に違反する行為の効果について、直接これを定める規定として同法一八条の規定を設けているのであるが、同条による解雇は、当該職員の行為を企業秩序維持の立場から個別的な違法行為としてとらえてされる懲戒処分とは異なり、むしろ争議行為の禁止に実効をもたせるための分限上の処置に類似する特別の措置とみるべきであろう。この解雇の性質について、私は前記大法廷判決に示された団藤裁判官、環裁判官の各意見に賛成するものである。

そうだとすると、公労法一七条一項の規定に違反したこと自体を理由として、直ちに懲戒の事由とすることは許されないものといわざるをえない。しかしながら、そのことは、職員が争議行為に伴い事実上使用者の業務上の管理を離れて組合の管理に服したことをもつて、労働契約関係の適法な一時的消滅とみることを理由づけるものではなく、労働者の争議行為が使用者の懲戒権を排除できるのは、その争議行為が目的及び態様において正当と認められる場合に限られるというべきである。従つて、職員及び組合の争議行為が公労法一七条一項によつて禁止されている以上、争議行為を組成した個々の職員の行為が労働契約上の義務違背となり、個別的労働関係上の規制を受け、当該職員の行為が企業秩序に違反すると認められる場合、懲戒処分の事由となることは避け難いことといわざるをえない。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人佐伯静治、同大野正男、同山本博、同渡辺正雄、同藤本正、同山川豊、同山花貞夫、同宮里邦雄、同脇山弘、同青木正芳の上告理由

目次

上告理由

第一章 基本論旨

第二章 名古屋中郵判決批判<省略>

第一、労働基本権認識の基本的誤り

一、憲法第二八条解釈の基本的誤り

二、わが国の政府関係機関の労働法制との矛盾

三、財政民主主義の絶対的優越性を前提とする誤り

第二、財政民主主義と団交権・争議権否認論批判

一、名古屋中郵判決の団交権論と、その誤り

二、専売公社の労使関係における団体交渉と、財政民主主義

第三、社会的、経済的関係における地位の特殊性―市場の抑制力論―について

一、名古屋中郵判決の判示

二、三公社五現業と市場の抑制力

三、争議権の保障と市場の抑制力

第四、違憲審査の方法とその批判

一、名古屋中郵判決における合憲論の論理とその特色

二、薬事法違憲判決における違憲審査と名古屋中郵判決

第三章 公労法第一七条を専売公社職員に適用することは憲法第二八条に違反する

第一、専売公社の事業と争議行為全面禁止の不合理性

一、たばこ専売事業の目的・特質からみて争議行為を全面的に禁止する合理的理由はまつたくない

二、塩専売事業の特質と争議行為の制限・禁止

第二、専売公社職員の争議権に関する公社見解およびILOの見解<省略>

一、はじめに

二、公社当局の見解

三、ILOの見解と原審判決

〔上告理由〕

原判決には憲法第二八条の解釈、適用を誤まつた違法があり、それは判決に影響をおよぼすことが明らかであるから破棄されねばならない。

第一章 基本論旨

原判決は、「公労法第一七条を専売公社職員に適用することも憲法に違反しない」と判示しているが、その論拠は、すべて最高裁判所大法廷昭和五二年五月四日判決(名古屋中郵判決)によるものである。

従つて本上告理由の骨子とするところは、まづ右最高裁名古屋中郵判決が憲法理論と社会的妥当性の両面において基本的に誤まつており、是正されるべきものであるとし、次に公労法一七条の争議行為禁止規定を専売公社職員に適用することは不合理であつて、憲法二八条に違反すると主張するにある。

名古屋中郵判決は、公務員も三公社職員もすべて憲法二八条にいう「勤労者」であり、その団体交渉権、団体行動権は憲法上保障されるという正当な前提にたちながら、財政民主主義に抵触するということを主たる理由として、結論においては何れも憲法上保障されていないというのであつて、後述するようにその論理過程自体がいかにも矛盾しているばかりでなく、従来最高裁判所がとつてきた違憲審査の基準、手法とも甚しく反するに至つている。

このことは、その後多くの学説が指摘し厳しく批判しているところであり、名古屋中郵判決を支持するのは学説としては、絶無に近い。更に世論を代表する三大新聞の論説も右判決が現実に適応しない時代逆行のものであると強く批判している(昭和五二年五月五日付朝日、毎日、読売各新聞社説)。

最高裁判所の判決が、単に形式上最終審としての判断であるという以上に、社会に対し実質的な権威をもち尊敬に値するためには、学説や世論との間に余りに大きなギャップがあることは不幸なことである。

本件において最高裁判所がこれらの批判を虚心に参考にされつつ、果して名古屋中郵判決の論理が正当かつ説得的であるかについてもう一度基本的に検討されることを希望する。

次に名古屋中郵事件は郵政職員の争議行為が問題となつた事案であるが、本件は専売公社職員の争議行為の問題であり、それに公労法一七条を適用することの違憲性を本上告理由は主張するものである。

すなわち専売公社は同じ公労法適用をうける三公社、五現業のうちにあつて、最も公共性の低いものであり、その争議行為によつてたばこ製造の一時的な停滞がおこつても、他の事業とは異なり、直ちに回復されてその年度における製造目標にはすこしの影響もないし、さらに、たばこの販売にもまつたく支障を及ぼすことがないばかりか、たばこの販売による国や地方自治体に対する財政収入への影響は、まつたくおこりえない。また、塩の製造と販売は、民間企業がおこなつているので、専売公社職員の争議行為の影響は、いづれも国民生活に重大な影響を与えることは決してないのである。このような事業について、労調法第三五条の二に定める緊急調整制度をはるかにこえた全面一律の争議禁止規定を適用することは、余りに不合理であり、到底最小必要限度の制約とはいえない。

この点は、かねてよりILOが特に専売公社職員に公労法の争議禁止規定の適用することの不合理性を指摘してその改正を勧告しているところであると共に、わが国における公労法不適用の公団公庫等各種政府関係特殊法人職員に全面的に労組法・労調法が適用されていることとの対比においても、一層その不合理性が明白である。何故にILO勧告に反し、他の政府関係機関の職員と区別して、専売公社職員の争議行為を全面一律に禁止しなければならないか、その合理的理由をわれわれは見出しえない。

大要以上の二点について、以下詳述し、最高裁判所の判断を求めるものである。

第二章 名古屋中郵判決批判<省略>

第三章 公労法第一七条を専売公社職員に適用することは憲法第二八条に違反する。

以上の論述によつて、名古屋中郵事件判決が公労法第一七条の合憲性を基礎づけている「財政民主主義」、「市場の抑制力論」、および「職務の公共性」のうち、前二者については専売事業の実態からしてその論拠にはなり得ないことを明らかにした。そこで、次に専売事業の「公共性」なるものの内容を検討しながら、その「職務の公共性」をもつてしても、専売職員の争議行為を全面的に禁止する合理的理由はまつたくないことを明らかにするものである。

第一、専売公社の事業と争議行為全面禁止の不合理性

一、たばこ専売事業の目的・特質からみて争議行為を全面的に禁止する合理的理由はまつたくない。

(一) たばこ専売事業の特質とその「公共性」の内容

1 たばこ専売事業の目的

たばこ専売事業が専売制度を採用している理由は、決して原判決判示のようにたばこ嗜好者に対して喫煙の利益を保護しているのではない。たばこ専売制度の目的は、専売益金による国家・地方公共団体の財政収入を確保するためである。

すなわち、公社は、公社法にもとづいて毎年純利益金から内部留保額を控除した金額を翌年度五月三一日までに専売納付金として国庫に(同法四三条の一三)(注)、地方税法にもとづき毎月販売高を基礎に所定の方法で算出した金額をたばこ消費税として地方公共団体に(同法七四条以下、四六四条以下)それぞれ納付することになつている。

この国庫に対する専売納付金は、年間をとおしてその収入が確保されることになつており、地方公共団体に対する納付金も、たばこ消費税が年度予算に組みこまれるので同様年間を通じてその収入がはかられることになつている。

(注) 現在の専売納付金制度は、消費税制度の一形式と考えられているものの、課税標準や税率が決められているわけではなく、したがつて、専売納付金は年度毎における決算の結果、収支差額から内部留保額を控除することにより、事後的・結果的にえられるにすぎない。泉公社総裁の言葉を借りれば「(国家財政)がどうもうまくいかないから、おまえこのくらい出してくれや」と大蔵省からいわれるままに、(内部留保から)持つていかれてしまう、ということになる(週刊ダイヤモンド一九七六年五月八日号「内部から出てきた専売公社民営論」四五頁)。このようにその徴収方法はまことに弾力的である。

2 たばこ専売事業の「公共性」

たばこ専売事業の「公共性」は、この財政寄与の点にのみもとめられよう。

専売納付金の国家財政に占める割合は、これを昭和三九年度以降についてみると、昭和三九年度の4.8パーセントを最高に、昭和四九年度には、1.7パーセントに低下している(甲第四二号証の一)。また、たばこ消費税の地方財政に占める割合も、昭和三九年度以降、2.0パーセント前後となつている(甲第四二号証の二)。ところが、専売納付金とならぶ間接税の代表たる酒税の国家財政に占める割合は、昭和二五年度以降専売納付金のそれを上回り、昭和四九年度には約2.5倍に達しているのである(甲第一八号証、同第四二号証の六)。

このように、国家財政への寄与という公共性については、たばこ専売事業とビール・その他の酒造業との間にはまつたく差異はない。

しかも、たばこ専売事業は、利潤追求の営業活動を展開していることでは、酒造業などの民営企業とまつたく違いはない。

公社が事業活動によつて利益をあげ、内部留保の拡大をはかつている点では、各種産業における独占的企業と同質の企業体であつて、たばこ専売事業も独占大企業であることから国民生活に影響をもつが、その意味での公共性は、おしなべて発達した現代産業社会における大企業がもつ特質であつて、とくにたばこ専売事業の「公共性」を性格づけるものではなく、また、このような他産業の大企業が多様な税制等を通じて国の財政に寄与していることも否定し難い事実である。

したがつて、右の実態からすれば、たばこ専売事業の「公共性」として挙げられる国家財政への寄与という特質も、民間等の企業と比較してまつたく程度の差にすぎないものである。

3 たばこ専売事業の「公共性」は本来争議行為を禁止する理由にはならない。

およそ、基本的人権を制約する論拠となる「公共性」は、個別的・具体的に検討されなければならない(前掲最高裁の薬事法違憲判決参照)。

われわれは、専売益金や酒税を納付するという企業の「公共性」は、国民の日常生活に直接的に「公共の困難」(「ドライヤー報告」二一三九頁a)をもたらすものではないのだから、本来争議行為を禁止したり、制限したりする根拠とはなりえないものであると考える。

しかし、仮りに、このことが争議行為を制限・禁止する論拠になるとすれば、それはたばこの製造が停廃し、そのことによつてたばこの販売が途絶えてしまい、その結果国および地方公共団体の財政に現実的な障碍がもたらされる場合に限られる筈である。したがつて、たばこ専売の納付金のごとく、それが国家、地方財政のなかにおいて、きわめて寄与度のひくいものである場合には、国家、地方財政が弾力性を有するものであり、しかも、争議行為によつて生ずる現実的影響は事実上存在しないが、存在したとしても、きわめて軽微であると考えられるときは、争議行為を制限・禁止する論拠(少なくとも禁止すること)とはなりえない。ビール・酒造企業の労働者の争議権が何ら禁止も制限もされていないことは当然であり、これに反して専売職員の争議権を公労法第一七条によつて全面的に禁止していることは憲法第二八条に違反するものである。

4 欧米諸国におけるたばこ事業は、フランス、イタリー、オーストリーのように専売制度を採用している国においても、民営企業の形態をとつている諸国においても、おしなべて国家の財政に対し一定の寄与をしている。しかしながら、これらの欧米諸国においては、専売制度をとつていると否とにかかわらず、たばこ専売事業にたずさわつている職員の団交権・争議権はすべて解放されている。したがつて、この事実に照らせば、たばこ専売事業について「公共性」があるから争議権を全面的に禁止してよいとの論は何等の合理性がなく、まつたく異常な法制であるとの批判をうけることになろう。

(二) たばこ専売労働者の争議行為の影響

1 たばこの生産、製造、配送、販売過程における専売職員の関与と争議行為の影響

(1) たばこの生産から販売に至る過程(以下一審堂脇・原審鮎川各証言、甲第一九号証、乙第二号証)

(イ) たばこ製造 たばこ耕作者によつて生産された葉たばこは、葉たばこ取扱所に集荷され、以下のような製造過程にはいる。

葉たばこ取扱所から輸送されてくる原料葉たばこは、原料工場で葉たばこ葉片と葉骨に分離され、それぞれ別々にたる詰にされたのち倉庫内に二・三年貯蔵され、熟成発酵したものが製造工場へ送られてくる。

製造工場では、たるに蔵置された原料を解包し、除骨葉(葉片部分)と中骨(葉の筋の部分・茎)をそれぞれの工程で加湿したり、砂糖・グリセリンなどを加えて調整し、除骨葉たい積サイロと中骨たい積サイロに貯蔵して水分と香料を全体に滲透させる。そののち除骨葉と圧展した中骨を裁刻機にかけてそれぞれ細かくきざみ、この刻んだ除骨葉と中骨を一定の比率で混合したうえ、乾燥・冷却・銘柄特有の芳香性の香料を加えて、刻サイロに貯蔵する(原料加工工程)。

このようにして調整された原料は、管のなかを風送されて巻上機に運ばれ、ここでフィルターがつけられる(巻上工程)。巻上げられたたばこは、包装機までトレー車で運ばれて一定の包か(箱)につつまれ、その製品が梱包されて出荷されるという一連の流れをたどる(包装工程)。

公社は、右の製造過程のうち、原料倉庫から製造工場へのたる詰め原料の運搬や、フィルター付たばこ用のフィルター、接着用ノリなどの生産と供給、さらに段ボール詰めのための包装の生産と供給などの業務を民間企業に下請委託している。

(ロ) 配送 工場で製造されたたばこを公社の倉庫等に配送する業務は、すべて日本通運などに依頼されており、倉庫等から小売店への配送も、すべて民間の配送会社五社によつてなされている。

したがつて、専売公社職員の争議行為は、配送過程には影響をもたらさない。つまり、工場の操業が一時的に停止しても、一定の製造たばこのストックがあれば、たばこ小売店へのたばこの供給はおこなわれている。

(ハ) たばこの販売 たばこの販売は、すべて民間の小売店においてなされている。

(2) 民間の関与と争議行為の影響

(イ) たばこ専売労働者の業務は、製造過程の主要な部分をしめるにとどまり、流れ作業である製造過程のフィルター供給などいくつかの部分は民間にゆだねられているし、製品の配送と販売は民間によつてなされている。つまり、葉たばこの生産、たばこ製造、配送販売の全過程のうち、専売公社職員の関与する部分は、一定部分であるということになる。

(ロ) ところが法制上は、専売公社職員の関与する業務の停止のみ争議行為が禁止され、民間労働者が関与しているその余の業務について争議行為は禁止されていない。

そのため、製造の過程は一貫流れ作業であるから、専売労働者がおつても、民間企業のフィルターを供給する労働者等がストライキにはいれば、たばこ製造の作業は停止し、専売労働者が争議行為をおこなつたと同じことになる。この事実は、本来専売労働者の争議行為を禁止する合理的理由のないことを意味している。

また、たとえ製造がとまつても、一定量のストックがある以上、配送がなされていれば、販売に支障は生じない。ところが、いかに製造がなされていても、配送がとまれば販売ができない。とくに、集配所から小売店への配送がとまれば、工場が稼働していても、国民はたばこの購入に不便を感ずる。

このように重要な動脈ともいうべき配送が、民間の配送会社に委託されていることは、専売労働者の争議行為を禁止することの不合理性を実証して余りある。

2 争議行為とたばこ製造への影響

(1) 年間の製造計面

たばこ製造工場の操業が停止すれば、多かれ少なかれその間製造されるべき製造量が減少することは当然のことである。それこそがまさに争議なのである。

しかし、争議権の当否を考えるにあたつて検討されるべきは、争議行為による製造工場の一時的操業停止によつてたばこの製造がどの程度減少したかではなく、国および地方公共団体の財政収入確保とのかかわりにおいて、その製造減が財政収入に影響をもたらしうるか否か、どの程度もたらしたか、すなわち、争議行為によつて販売上支障をもたらし、そのため年間を通じて確保されるべき財政収入に影響をもたらすことがあるか、ということにある。この点は特に留意されたい。

さきにも述べたように、国家・地方財政にあてられる専売益金は、年間を通じて一定の収入を確保することが予定されている。そのため、前年度の販売実績をもとに年間の販売計画を立て、それに照応して年間の製造計画が立てられる。現実の製造もまた、そのときの販売状況に応じて調整される。

その製造の実態は、まことに弾力的である。

(5) 製造調整

したがつて、たとえ争議行為によつて一時的に製造減を生じようとも年間を通じてその製造減が回復されれば、財政確保の観点からは争議行為による製造への影響はまつたくないということになる。現に公社の製造計画は、増製などの製造調整をはかるため設備能力をある程度下廻る基準で立てられており、その稼働率をあげることによつて製造を調整しているのが実態である。そのため一時的にある銘柄に国民の需要が増大し、製造予定を上廻つた場合には、ただちに増産にうつりうるのである。このようなことはしばしば発生する。したがつて争議行為により一時的製造減を生じても、年間予定に占める割合いはまことに微々たるものであるため、短期間にその製造減は、回復される。

つまり「現実にそういう一時的にダウンしましても設備能力なり、あるいは人の異動によりまして、その回復をはかつてきている。そういう実態にある」(原審鮎川証言)。

ちなみに、争議行為禁止体制後、最大規模のストライキ(いわゆる、スト権スト)がおこなわれた昭和五〇年度においても、実績は計画を上回つている。

(3) 製造実績

昭和三九年度から昭和五〇年度にかけてのたばこ製造の実績をみると昭和四一年度と四二年度を除き、すべて、その実績は製造計画をはるかに上回つている(甲第四二号証の三)。昭和四一年度と四二年度に実績が計画をやや下回つたのは、争議行為の影響ではなく、「スレッシング導入、専売公社の合理化が盛んに進んだ時期でございまして、新しい工場に移るときには訓練とか、いろいろな機械の移設」によるものであつた(原審鮎川証言)。

その昭和四一年度と四二年度においても、専売納付金は予算を上回つている。

(4) 結論

以上によれば、専売労働者の争議行為による職務の一時的停廃は、年間を通じてたばこの製造に対し影響をもたらさない。

したがつて、年内の製造計画には支障をあたえることなく、また販売に支障をもたらさない以上、財政確保には何等の障害をきたさない。

3 販売への影響

われわれは、これまで専売職員の製造工場における争議行為は、その間一時的に製造減を生じても、間もなく回復されること、したがつて販売に対する影響は生じないことを明らかにしてきた。

そこで、もはや以下については論じるまでもないところであるが、念のため、販売とのかかわりについても、別の角度から検討してみよう。

(1) 専売労働者の争議行為が販売過程においてもたらす影響とは、たばこの製造が停止し、販売小売店に配送するべき商品がないため、販売小売店の店頭からたばこが姿を消すことである。すなわち、さきにも述べたように配送、販売は民間で行なつているため専売労働者の争議行為が直接配送販売業務へ影響をおよぼすことなく、製造業務への影響が販売業務へ間接的に影響をおよぼす余地がありうるにすぎない。

(2) ところで、たばこ専売事業は、年間を通じて国および地方公共団体の財政収入を確保することを目的とした財政専売事業であつて、その販売計画も当然のことながら、年間を通じて立てられる。したがつて、仮りに一時的に販売減を生じたとしても本来、年間を通して販売計画が達成されれば、争議行為によるたばこ販売への影響はまつたくないことになる。

ところが、仮りに一時的にせよ販売減を生ずることさえ、専売事業の実際にそくしてみるならば、現実にありえない。

公社は、倉庫と輸送途中のものを含め、在庫として「大体ひと月分程度はいつも確保している」し、また小売販売店も「大体一三日から一六日」分の在庫を有している(原審鮎川証言)。その販売活動は専売労働者の争議行為の期間中も続けられているのである。

専売労使の実情からは全くの仮定論にすぎないが、仮りにそのような一ケ月を超える期間の争議行為によつて在庫製品が底をつき、販売減を生ずる事態が出現したとしても、その販売減は一時的なものであり、年間を通して販売減が回復されれば販売予定計画に支障をきたさない。まして、国および地方公共団体の財政収入に影響をおよぼすことは全くありえないことである。

(3) 昭和三九年度から昭和五〇年度にかけてのたばこの販売実績をみるとその実績は「公社の銘柄の出し方、あるいは消費者の嗜好の関係、喫煙率との関係」等の動向に左右され、製造実績と異なり、公社独自の内部独力のみによつて達成されうるものではないが、その点をさておいてもほぼ一〇〇パーセントの実績をあげている(原審鮎川証言、甲第四二号証の四)。

販売計画を下回つた年度をとつてみても、それが争議行為によるものでないことは、これまで、「市場からたばこがなくなつたとか、あるいは小売店に買うたばこがなかつたということが(なかつた)」ことにおいて明白である(原審鮎川証言)。

以上によれば、争議行為による販売への影響はまつたくないのである。

4 財政収入への影響

たばこ専売事業の財政専売事業としての目的、専売の労使関係の実状からみて、専売労働者の争議行為によるたばこの製造減が、国民に対する販売にも影響をもたらし販売減を生じることは現実にありえない以上、その販売減による財政収入への影響は全く考えられないことである。

現に、争議行為による財政収入への影響は全くない。昭和三九年度から昭和五〇年度にかけての納付実績をみると、一貫して年度当初の予定額を上回る実績をあげている(原審鮎川証言、甲第四二号証の五)。

(三) たばこ専売労働者の争議行為の制限・禁止

1 争議行為の全面・一律禁止は許されない。

以上述べてきたように、たばこ専売事業の公共性は、それによる財政確保にあろうが、たばこ専売に従事する労働者の争議行為は、財政収人確保に支障をもたらすことは全くないことが明らかとなつた。したがつて、たばこ専売事業に従事する労働者について、争議行為を全面・一律に禁止することは許されない。

2 専売労働者の争議行為の制限が例外的に許される場合があるか。

それでは、一定の条件のもと、制限を加えることは許されるであろうか。

(1) 争議行為による職務の停廃は一時的である。争議行為として通常予想される期間がおこなわれる専売労働者の争議行為は、専売労働者の職務の特質および実態のいずれからみても制限すべき理由がない。

(2) それでは、大規模な争議行為が長期間にわたり、たばこの生産減がついに国民に対する販売にも影響をおよぼし、その販売減が財政収入に現実的影響をもたらす場合はどうか。われわれは、その収入減が国または地方公共団体が他の財政収入をもつてまかないきれないため現実的財政運営上、国民に対する施策に具体的な支障をもたらす場合に限つて、争議制限の合理性が発生すると考える。しかし、そうした事態はまつたく起り得ない。

(3) しかしながら、右のように現実に起りうる余地がない場合について、一応の規定をたて仮りに制限することが認められるとしても、その手段・方法は、必要最少限にとどめなければならず、その場合に限つて、たとえば労調法の定める緊急調整制度を適用すれば、国民生活に対する影響は絶無である。

3 結論

第一に、たばこ専売労働者の争議行為一般を制限することは許されず、例外的に長期にわたる場合に制限することはありえても、全面・一律に禁止することは許されない。

第二に、したがつて、たばこ専売労働者に適用されている公労法一七条の争議行為全面禁止条項はたばこ専売労働者について適用することは違憲であり、違憲判断を回避するためには公労法一七条の争議行為全面禁止条項は、たばこ専売労働者に適用すべきでない。

二、塩専売事業の特質と争議行為の制限・禁止

(一) 塩専売事業の特質(以下原審鮎川証言、甲第四三号証)

1 塩専売事業の目的

塩専売事業はたばこ専売事業と同様に財政専売を目的として明治三八年に発足したが、すでに大正七年に、財政収入確保の目的は放棄され、今日ではもつぱら塩の需給と価格の安定といわゆる公益専売をその目的としている。

今日では、塩の製造・販売はすべて民間企業がおこなつており、国民に対する塩の供給は、専売職員の争議行為によつてまつたく影響はないのであるから、価格安定をはかる公益専売制度をとつているからといつて職員の争議行為を禁止する根拠はまつたくない。

2 塩専売事業の内容

ところで、塩が製造されて流通におかれるまでには次のような過程をたどる。

(1) 製造・検査および収納

塩の生産は今日すべて、新日本化学工業株式会社をはじめとする民間会社(七社)がおこなつている。生産された塩はその後、公社が検査したうえ製造業者から塩製品を収納する。右の業務のうち、公社が関与するのは生産許可ならびに検査収納である。

(2) 回送・販売

収納された製品は消費地へ回送するが、まず元売人(卸売業者)に売渡され、さらに元売人は小売人におろすことになつている。その同送は公社の責任のもとにおこなわれるが、実際の運送は、すべて民間の輸送保管業者(元請二社)にまかされている。

また、元売人、小売人などの販売人も、すべて民間人であり、公社は、その指定業務ならびに製品の価格決定に関与するにすぎない。

(3) 公社の業務内容

以上のように塩の製造から消費に至る過程の大部分が民間によつておこなわれており、公社の業務は、その監督、もしくは調整に限られている。

しかも、塩専売事業における公社の機能については、昭和四六年一月の塩業審議会において、塩産業の近代化が達成される自立産業に脱皮した段階では、現行塩専売制度による規制の必要性はきわめて薄くなるので、それに至る過程においても、漸次公社機能の調整をはかり、公社の組織機構についてもこれに対応して簡素化することが必要であるとの趣旨の答申をしている。

現に塩専売事業にたずさわつている公社職員は漸次減少し、今日では五〇〇名程度であり、たばこ専売事業と兼務している職員をあわせても八〇〇名程度にすぎない。この果す機能は、まことにうすい。

(二) 塩専売労働者の争議行為の影響

以上のように塩専売事業の特質からみて争議行為によるその事業の一時的停廃が、現実の塩製造、流通に支障をもたらすことは考えられず、まして国民生活へ影響をおよぼすことは全くありえない。塩専売法によれば、塩製造の許可は一応無期限に、塩販売人の指定は三年以内の期間を定めてなされ、期間満了にあたつても申請を要しないで引続き指定することができる等、継続的取扱いがなされている。また、元売人、小売人の手元には、それぞれ、需要の変動に対応するため「二カ月ないし三カ月」分のストックをかかえている(原審鮎川証言)。このこと自体をとつてみても、争議行為による公社の監督、調整業務の一時的停廃の塩の製造、流通過程に影響をおよぼさないことは余りにも明白である。

国民生活とのかかわりにおいて争議行為がもたらす影響が最も大きいものは塩製造工場における争議行為によつて塩の製造が停止することであり、また回送会社等の争議行為によつて元売人、小売人などの販売人への回送がなされないことである。それにもかかわらず、これらの部門にかかわる労働者の争議行為は何ら制限されていない。すなわち「塩の製造過程、二六社(代理人註、今日では七社)の人達の労働者は、日塩労、日本塩業労働者組合、その組織下にありまして、約五、〇〇〇名(代理人註、今日では約一、六〇〇名)を組織し、そして、さきほど申し上げましたように、天火から化学時代に塩の製造がはいつたということで、製塩の合理化があるわけですから、先だつてまず、ストライキを何べんもやつて、これらの業者に対抗してきたという状況であります。流通の業者でありますが、元売人、小売人の組合がありますけれども、それぞれの労働者がいますが、それの正確な組織状況というのは、現在のところ把握していません。しかし、ストライキ権については当然保障されている」(一審堂脇証言)。

塩専売労働者の争議行為を全面的に禁止することが、著しく合理性、妥当性を欠くことは一層明白なのである。

(三) 結論

以上によれば、塩専売労働者についても、公労法一七条を適用することは違憲であり、違憲判断を回避するためには、公労法一七条の争議行為全面禁止条項は塩専売労働者に適用すべきでないのである。

第二、専売公社職員の争議権に関する公社見解およびILOの見解<省略>

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